きさらぎ駅の謎に迫りたい‼2



 

今回のブログは前回の続きになる。つまり、きさらぎ駅はどのようにして生まれたのかについてだ。

 

 

前回のブログで書かせて頂いたのは、きらさらぎ駅というのは、死者の集合意識が作り出した異世界なのではないかというものであった。

 

ところで、もし仮にきさらぎ駅、及びそれに付随するものが、死者の集合意識が作り出した、ある種べつの世界であるのだとしたら、どうしてはすみさん―――いや、はすみさんの乗車していた電車は、そのような異世界に迷い込んでしまうことになってしまったのだろうか?(一応補足しておくと、はすみさんと一緒の電車に乗車していた乗客はみんな眠っており、きさらぎ駅という見知らぬ駅で電車を下車したのは、はすみさんだけである)

 

可能性として考えられるのは、はすみさんたちの乗る電車の進行方向に何らかの形で、死者の集合意識が作り出した異次元へ通じる扉のようなものが開いており、はすみさんたちの乗る電車は、この異次元の扉へ入り込んでしまった、というものだ。

 

 

この形であれば、はすみさんたちの乗る電車が異世界へ迷い込んでしまったことにも頷けるものがある。

 

 

だが、反面、この場合、電車の車掌が異変に気が付かないはずがない。はすみさんが実況中継で書いた掲示板を読む限り、電車の車掌が見知らぬ線路を走り始めて慌てふためいているといったような描写は見られない。

 

 

従って、奇妙な世界を走り続ける電車に乗り込むことになったのは、はすみさんだけだと考えられる。きさらぎ駅に到着寸前で、はすみさんが目にすることになった眠っている乗客たちは、死者の集合意識が作り出したある種の幻影だったのではないだろうか?

 

 

僕が思うに、はすみさんは電車に乗っているうちに、いつの間にか、はすみさんだけが、異世界へと移動してしまったのだ。

 

と、こう書くと、多くのひとはこう思ったかもしれない。それはおかしい。もしそんなことが起こったとしたら、誰かがはすみさんが急にいなくなってしまったことに気が付くはずだ、と。

 

だが、必ずしもそうはならないように僕には思える。

 

 

それは時間が関係している。

 

 

我々は時間は過去から現在、そして未来へと向かって流れていくものだと経験から思っているが、しかし、理論物理学者によれば、これは人間の錯覚に過ぎないという。

 

時間というのは、これ以上細かく分割することはできない、最小単位の空間のなかを、我々の意識が過去から未来へ向かって動いていく現象をいうのだという。

 

 

わかりやすくいうと、アニメがある。

 

 

我々には、アニメは絵が動いているようにしか見えないが、しかし、実際はアニメというのは、何千枚、何万枚もの絵を繋ぎ合わせてつくられたものだ。何千枚もの絵が連続して動くので、我々にはあたかも絵が動いているように見えるが、しかし、実際は絵が動いているわけではない。要は時間もこれと同じ理屈であるらしい。つまり、時間というのは、我々の意識が空間の上を移動していく動きをいうのだ。

 

 

と、ここからは完全に僕の空想になってしまうのだが、この空間を移動していく意識の動きというのは、ひとによって違いがあるのかもしれない。

 

 

つまり、どういうことなのかというと、時間の進み方には個人差があるのではないか、ということだ。

 

 

我々は時間というものは誰にとっても等しく平等に流れていくものだと思っているが、しかし、時間が、我々の意識が空間を移動していくことを言うのであれば、この動きには当然差があるように思える。

 

 

実際、楽しいことをしているときは、時間は速く過ぎるし、逆に退屈なことをしているときは、時間は遅く流れる。このとき、我々は楽しいことをしていたから、時間が早く流れたのだ、とか、あるいは逆に退屈だったから、時間の進みが遅く感じられてしまったのだ、とか、思ってしまいがちだが、しかし、真実は、本当に、実際に、時間は速く流れたり、遅く流れたりしているのかもしれない。

 

 

繰り返しになるが、時間というのは、我々の意識が空間の上を移動していく動きをいうのだ。そして楽しいことをしているとき、我々の意識は空間を早く進み、逆に退屈なときは、空間をゆっくりと進んでいるのかもしれない。もちろん、この意識の動きを意図的にコントロールすることはできないにしても。

 

 

つまり、何が言いたいのかというと、客観的な時間の流れと、主観的な時間の流れは異なっているということだ。たとえば、目の前に座っていた女性が忽然と姿を消してしまったとしても、その現象を見ている人物の意識の進み方がゆっくりだった場合、目の前から女性が姿を消してしまったことに気が付くことができない可能性かあるのだ。個人個人によって時間の流れ方が違うので、異変が起こったことを認識できないのだ。

 

と、こう考えると、はすみさんが忽然ともといた電車内から姿を消してしまったにもかかわらず、周囲にいた人間が誰もそのことに気が付かなかったことに上手く説明がつけられるような気がする。

 

 

ちなみに、はすみさんは、異世界と思われる場所へ移動したあとも、携帯電話を通じて現世界の人々とやりとりをすることができているのだが、これは電波には異世界の垣根を越えて通じ合える特殊な仕組みがあるからなのかもしれない。

 

 

と、今日のブログはこれで以上となる。このブログを最後まで読んでくださった方には感謝する。

 

 

またいつも書いていることではあるのだが、僕はこのようなアイディアをもとに小説を書いている。その小説の一部を掲載しておくので、もし気が向いたら読んでもらえると嬉しい。

 



          プロローグ

 

 

 宮崎県日南市は、日本列島を構成する、南西部の島の、その右真下からやや上に上った隅に位置する。太平洋側に面した、人口五万人程の小さな町だ。

 そしてそれは、宮崎県日南市近くの上空に突如として姿を現した。形は正三角形をしており、色は深い黒色だった。機体に窓のような構造物はなく、滑らかで、光沢のない、頑丈そうな金属で全て覆われている。大きさはちょうど戦車二台を横に並べて置いたくらいのものである。機体の底部は、動力源なのか、青白い光を放っていた。

 その奇妙な、正三角形をした黒い飛行物体は、日南市の海岸線付近の上空を非常にゆっくりとした速度で飛行していた。飛行しているというよりも、むしろ浮遊しているといった感じに近い。

 そしてその飛行物体のなかでは、これもまた黒色の、金属質な、身体の線がくっきりと浮きでるような衣服を身に纏った女性が、コクピットらしき場所に腰掛けていた。女性の顔は宇宙服のバイザーを思わせる、透明な覆いに覆われていた。そしてそのバイザーのなかにある、女性の顔は美しく整っていた。ギリシャ彫刻の彫像を思わせる、彫りの深い顔立ちだ。綺麗な弓形を描いた眉と、くっきりとした二重の瞳。そして通った鼻筋と、その下に広がる、いくらか厚みのある、濡れたような薔薇色の唇。肌の色は茶褐色で、髪の毛の色は黒だった。髪の毛の長さは背中のあたりまである。手足はすらりと長く、均整の取れた身体つきをしている。年の頃は二十四、五歳といったところだろうか。彼女は気を失っているのか、瞳を閉じてぐったりとして動かなかった。

「……ううっ」

 エシュナ・バルシアスはうめき声と共に、つかの間の失神状態から意識を取り戻した。それから、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。

 ここはどこだ? エシュナはコックピットの外へ目を向けた。機体に窓はないのだが、機体の外の景色を内部の壁面に投影する装置があるので、問題なく外の様子を確認することはできた。

 エシュナが眼下に目を下ろすと、海が見えた。どうやら自分はどこかの海上を飛んでいるらしい。更に前方に目を向けると、陸地らしきものが見えた。まず海岸線があり、その海岸線に沿って黒いものが走っている。恐らく道路だろう。エシュナは首を傾げた。自家用航空機による移動が当たり前になったこの時代に、どうして眼下に見えるような原始的な道路を作る必要があったのだろう?

 陸地の奥に目を向けたエシュナの疑問は更に深まることになった。陸地の奥には木材を組み合わせて作られたような小さな建物群があるのだ。なんだ? これは? エシュナの思考の表層に最初浮かんだ素朴な疑問は、今や大きな混乱に変わりつつあった。それらの住居がエシュナの時代のそれと比べて、かなり原始的なものであるというのはもちろん、それらがエシュナがこれまで一度も目にしたことがないような形状をしていたからだった。

―――まるで異国の建物だ。エシュナは思った。それも、これまでに一度も発見されたことがないような特徴を持っている。しかし、エシュナのいた時代に、そのような未知のものが、存在しているとは到底考えられなかった。なぜなら、地球のありとあらゆる場所は探索され、調べ尽くされているからだ。今更未知の文明の発見等あるはずもなかった。それに、エシュナの世界の人々はどれほど貧しいひとであっても、もっと優れた、強度のある居住空間に住んでいる。

 ―――まるでこれは過去の世界ではないか? エシュナはそこまで考えてから慄然とすることになった。フラッシュバックするように、失神する前の記憶が蘇ってきた。

 自分は敵機に追いつめられていた。敵機から発射されたミサイルが自分の搭乗しているヴィマナに当たる寸前だった。そのため、エシュナは駄目で元々のつもりで、転移装置のボタンを押したのだ。目的地を定めることなく。それは一か八かのかけだった。通常そのようなことをすれば、亜空間に飲み込まれて死んでしまうことになる。

 だが、しかし、ごく僅かながら、助かる可能性もあった。上手い具合に、偶然に、どこかへ辿り着けるという可能性も、全くのゼロというわけではなかった。だから、エシュナはその僅かな可能性にかけて、ボタンを押した。それに、どのみちこのままでいても、死を待つだけなのだ。だったら―――そう思って、エシュナはボタンを押した。

 エシュナが転移装置のボタンを押した瞬間、エシュナの乗っていたヴィマナは暗黒に包まれた。エシュナの乗ったヴィマナは通常経験することのない、漆黒の暗闇のなかを猛スピードで落下していった。機体は激しく振動し、強い重力がエシュナの身体を圧迫した。そこで、エシュナの世界は暗転した。

 そして気がつくと、エシュナは見知らぬどこかの上空を漂っていたのである。エシュナが気を失って操縦桿を握っていないあいだ、セキュリティー機能が働いてくれたらしく、上手い具合にヴィマナは自動操縦に切り替わっていた。エシュナの乗ったヴィマナは墜落することはなかった。

 どうやら自分は助かったらしい―――エシュナはぼんやりとした感覚のなかで思った。本来は喜ぶべきところなのだろうが、事態はそう単純でもなさそうだとエシュナは思った。恐らく、あのとき、デタラメに転移値装置のボタンを押した際に、自分はどこかの過去の世界へとタイムスリップしてしまったようだ、と、エシュナは推測した。そういった例があるということを、エシュナは過去にヴィマナについて学んだ際に、誰かが話していたのを覚えていた。

 それにしても、一体ここは過去の地球のどの時代なのだろう? エシュナは思った。エシュナは自分の知識を総動員して、さっき自分が見た建物に相当するようなものがなかっただろうかと記憶を探ってみたが、今のところ何も思いつけなかった。恐竜が生息している等の、一目瞭然の特徴があれば、エシュナにもすぐに判断できるのだが。

 しかし、今眼下に見えている建物群に関しては完全にお手上げだった。皆目見当も付かない。エシュナが見知っている、どの時代のものとも、特徴が異なっていた。それに、そもそも、ここは、ほんとうに、過去の世界なのだろうか? エシュナがそこまで思考を推し進めたところで、唐突に、狭い操縦席内に、警告音がなり響いた。どうやら無理な時空間移動が祟ったらしい。推進システムの一部に支障が出始めているようだった。このままではせっかく命が助かったというのに、ヴィマナが墜落して死んでしまうことになるとエシュナは焦った。どこかにヴィマナを着陸させなければ。エシュナは眼下の景色に目を凝らすと、人気のなさそうな山林を見つけた。そしてエシュナは自動運転から手動運転に切り替えると、そこに静かにヴィマナを着陸させた。

 

 

 

 

 

 

 

        第1章 発掘された謎の遺跡

 

 

         1

 

 宮崎空港の自動ドアを潜って、今、ひとりの若い女の子が外に出て来た。背中のあたりまで伸ばされた髪の毛は明る過ぎない茶色に染められている。少し細い、綺麗な二重の瞳は、いくらか気が強そうな印象を見るひとに与えるものの、そこには明るく、活発そうな光が宿っている。顔立ちもまずまず整っている方だ。体型は細身で、余分なものがなにもついていないといった感じがある。身長は百六十五センチで、それは日本人女性の平均身長からすると、やや高い方かもしれない。装いは長ズボンにポロシャツ一枚といった格好で、オシャレさよりも、動きやすさに重きを置いているといった感じがある。これから旅行にでもいくところなのか、彼女の背中には大きなリュックがあった。

 早坂小百合は宮崎空港のロビーから外に出ると、大きく息を吸った。吸い込んだ空気は気のせいか、東京に比べると瑞々しく、澄み渡っている気がする。そして、微かに、海の匂いがした。真夏の太陽の光が、眩しく小百合の目を打つ。小百合は立ち止まると、周囲の景色を見回してみた。空港の駐車場を取り囲むようにして、ヤシの木を彷彿とさせる、背の高い木々が植えられている。まるでハワイに来たみたいだ。小百合は思った。もっとも、まだ小百合は一度もハワイを訪れたことはなかったのだが。

「気持ちの良い天気ですね」

 小百合のあとに続いて、ロビーから出てきた藤島さやかが明るい声で言った。藤島さやかは小百合が通っている大学のひとつ後輩だ。彼女は目が大きく、表情が楽しそうによく動く。髪の毛の長さはショートボブで、それを明るすぎない茶色に染めていた。体型はすらりとした細身の体型で、背の高さは百五十五センチとやや小柄だった。彼女も動きやすいさを重視した、長ズボンにティシャツ一枚といった格好をしている。さやかの背中にも重そうなリュックがひとつあった。

「ほんとだね」

 と、小百合はさやかの方を振り返ると、微笑んで相槌を打った。そして改めて、よくこんな今時の女の子といった感じのする娘が、自分の所属しているオカルト研究会に入ってくれたものだな、と、小百合は感心するというよりも不思議に思った。ちなみに、小百合は大学でオカルト研究会というサークルに入っている。そして小百合はその部長を務めている。付け加えておくと、さやかは小百合の所属しているオカルト研究会の唯一の一年生だった。

「ちょっと、置いていかないでよ」

 ふたりのあとから続いてロビーの自動ドアを潜って出来た、細身の、青年が軽く口を尖らせて抗議するように言った。彼の名前は佐藤健一といい、小百合と同じオカルト研究会に所属している。ついで言うと、彼の役職は副部長である。背は高くもなければ低くもなく、百七十二センチである。顔立ちは比較的整っている方ではあるが、どちらかというと女の人のように綺麗な顔立ちをしていて、それがやや気弱そうな印象を見る者に与えていた。彼の装いもティシャツにジーパンといった、ごく普通の、動きやすそうな格好をしている。前者のふたりと同様に、彼の背中にも大きなリュックがあった。

 今、宮崎空港のロビーから出て来たこの三人が、小百合が通っている大学の、オカルト研究会の全メンバーだった。一応、四年生がべつに四名いることはいるのだが、彼等は就職活動が忙しく、今はサークルの活動には全く参加していない。ちなみに、小百合と健一のふたりがともに二年生で、さっきも説明したように、さやかは一年生である。年齢は小百合と健一のふたりがともに二十歳。さやかが十九歳であった。

 部員が全部合わせても七名しかいないオカルト研究会はまさに存亡の危機に立たされているわけだが、しかし、今のところ、それを改善できる目途は全く立っていなかった。大学の入学式あとのオリーエーテーションではそれこそみんな必死になって勧誘したのだが、オカルトに興味がある、もしくはこれから興味を持っても良さそうだと思ってくれる人間は皆無に近いらしく、今年新たに入部を決めてくれたのは、さやか、唯一ひとりだけであった。それも、辛うじてなんとかといったところだったのである。諦めかけた小百合が、もう声をかけるのはこれで最後しようと思って声をかけたのが、たまたまさやかだったのだ。あのとき、諦めていたら、今頃さやかという一年生の存在はなかっただろうと小百合は思った。

 小百合たちは入学式以降も学食の掲示板に張り紙を出す等して、新しい部員を募集し続けていたが、今のところ、残念ながら、問い合わせは一件もなかった。どうやったらみんなにもっとオカルトの面白さを理解してもらえるだろうと小百合はこのところ頭を悩ませる日々だった。

 今回、オカルト研究会の三人が宮崎空港に降り立ったのは、とある目的があってのことだった。それは、毎年恒例となっている夏合宿を行うためである。

 小百合が所属しているオカルト研究会は、毎年夏休みになると、どこか特定の場所を決めて、その土地に関するオカルト研究を行うのが通例となっているのだが、今年はその場所に宮崎県が選ばれたのである(というのも、三人が夏合宿の候補地を選んでいる際に、宮崎県の日南市という場所で、たびたび奇妙な現象が報告されたからだ。たとえば地元の高校生が神隠しにあって姿を消してしまったという話や、UFOらしきものの目撃談、さらには海岸の岩場付近で、未知の遺跡らしきものの発見まであった)。だから、三人は満場一致で、宮崎県の日南市を合宿地として定めた。特に、今回の重要なポイントとなるのが、日南市の油津港付近だった。というのも、その付近で、謎の遺跡らしきものは発見されたのである。

 それは、未知の文字らしきものだった。楔形文字に似た、しかし、そうではない文字らしきものが、その油津港付近にある、あまりひとが立ち寄らない崖で発見された。そこは断崖絶壁に近い、険しい斜面になっており、普段は釣り人しか立ち寄らないのだが、そのときたまたまそこを訪れていた中学生が、その崖の岩場付近に、文字らしきものが刻まれているのを発見したのだ。

 中学生はその見つけた遺跡らしきものをすぐに学校の先生に報告したのだが、何しろ田舎の小さな町であるため、誰もそれがなんであるのか理解することができなかった。

 しかし、その後、その中学生が見つけたという古代文字の噂は徐々に広まっていき、やがて噂を聞きつけてやってきたアマチュア研究家が調査を行った。そしてその結果をインターネット上に公表した。

それは、古代に海に沈んだとされている、レムリア文明のものではないか、というものだった。

そのアマチュア研究家が発表した結果は、インターネット網を駆け巡り、日本全国各地に瞬く間に拡散した。しばらくすると、その、これまでに見たことのない文字群は、テレビ等のメディアでも大々的に取り上げられることになった。多くの報道陣や、取材関係者、または野次馬が、その遺跡らしものが見つかった地に押しかけた。テレビでも何度か謎の古代遺跡と称されて特集が組まれたりもした。

しかし、間もなく、大学の専門家が、古代文字のように見えるものは、崖が崩れてそのとき露出した岩の形状がたまたま文字のように見えたものであると結論付けたため、たちまちそれまでの熱狂的な騒ぎは失速してしまった。今では小百合たちのようなオカルトファンくらいしか、宮崎県の日南市の油津にある岩場を訪れる者はいなかった。

 

 小百合たちは空港のロビーを出ると、それから、電車に乗り換えて、一旦、南宮崎駅まで出た。そこで軽く昼食を食べたあと、三人は南宮崎駅から出でいる油津駅まで向かう電車に乗り込んだ。南宮崎から油津駅までは、おおよそ一時間程度の乗車時間である。

 三人が乗った電車は比較的空いていて、三人は向かい合わせに腰掛けた。窓の外には鮮やかな青色をした海を臨むことができた。夏の強い日差しを浴びて、海は眩しく乱反射している。水平線の向こうには大きな入道雲が見え、それはまさに夏の景色といった感じがした。道に沿って植えられている椰子の木に似た木々が、南国感を演出していて、小百合はつかの間、自分がオカルト研究会の合宿に来ているのだということを忘れてしまいそうになった。

「なんかこの際、合宿のことなんて忘れて、このままパッと気ままに海水浴にでも行きたい気分よね」

 小百合は窓の外に向けていた視線を、他の部員の顔に向けると、冗談めかした口調で言った。

「わたし、一応、水着持ってきたんですよ」

 小百合の隣に腰掛けているさやかがはしゃいだ声で言った。

「じゃ、海水浴いっちゃう?」

 小百合はさやかの顔を見ると、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべて言った。

「ちょっと、ふたりとも、本来の目的、忘れてない?」

 と、それまで黙ってふたりのやりとりに耳を傾けていた健一が可笑しがっている口調で言った。

「それはもちろん、時間があまれば海水浴くらいしてもいいと思うけど、でも、取り敢えず今は、調査のことを考えないと」

「まあ、確かに」

 小百合は健一の指摘に微苦笑して頷いた。

「つい、綺麗な海に魅了されちゃいましたね」 

 と、さやかも苦笑して言った。

「確かに、綺麗な海は魅力的なんだけどね」

 と、健一は窓の外に見える海にうっとりした眼差しを注いで言った。

 三人はそれから少しの間、窓の外に見える明るいブルーをした海に、黙って視線を彷徨わせていた。

「だけど」

 しばらくの沈黙のあとで、小百合は健一とさやかの顔を見ると、話しかけた。

「ついこのときが来たのね」

 小百合はきらきらと瞳を輝かせて言った。

「わたし、この夏合宿の日が来るのを心待ちにしてたの。実を言うと、夜も眠れなかったくらい」

 小百合は微笑して言いながら、夏合宿の場所が決定してからのこの一ヶ月ばかりの日々を思い返した。

 小百合はこの日のために必死にアルバイトをしてお金を貯めた。ちなみに、夏合宿は一週間を予定していて、かなりの金額がそれで消えていってしまうことになった。一応、宿は上手い具合に、健一の親戚が日南市で民宿を経営していて、そこにただ同然の料金で宿泊させてもらえることになっていたが。

 しかし、それとはべつに、東京から宮崎まで飛行機代や、食費代等を工面する必要があり、それらの予算を捻出することは、あまり裕福とは言えない小百合にとって簡単なことではなかった。

 しかし、反面、小百合としては、それだけのお金を投資するだけの価値が、今回の合宿にはあると確信していた。何かもの凄い発見があるというような予感が、小百合のなかにはあった。

「僕もこの目で謎の古代文字を目にすることができるんだと思うと、わくわくして眠れなかったよ」

 と、健一も楽しそうに微笑んで言った。

「一体どんなものなんでしょうねぇ」

 と、さやかはまるでどこかの憧れの地を思い浮かべるときのような、遠い目をして言った。

「でも、もし、それが本物だったとしたら、それは大発見よね」

 小百合は興奮のために、やや声を大きくして言った。

「古代の失われた文明が、まさか、この日本に在ったなんて」

「レムリア大陸が、実は日本の、宮崎に在ったなんて到底信じられないような話だけど、でも一応レムリアは太平洋側に在ったとされているし、しかも、海に沈んでしまったらしいから、今回の発見は全くのデタラメとも言えないんじゃないかな?」

 健一は明るく瞳を輝かせて言った。

「さすがにレムリアの首都が宮崎に在ったなんてことはないだろうけど、でも、辺境の一都市くらいだったら、こういうところにあったとしても、べつにおかしくはない気がするな」

「もしかしたら、今回わたしたちが日南の油津で更なる大発見をしたりして!」

 さやかも健一に続いて楽しそうな口調で言った。

 そのようにして三人は、周囲の人間に胡散臭そうな目で見られているのも構わずに、油津駅に辿り着くまでのあいだ、ノンストップで失われた古代文明について熱く語り続けた。

 

      2

 

 小百合がオカルト関連の話題に興味を惹かれるようになったのは、もうもの子頃ついたときからだった。そうなることに、特に印象的な出来事があったわけではない。いつの間にか気がつくと、小百合はそういった話題の虜となっていた。アトランティス文明だとか、ムー大陸だとか、UFOだとかいった話に。そういった話を耳にすると、小百合はわけもわからず胸がときめくのを感じた。それはまるで金銀財宝が一杯に詰まった宝箱を探しにいくような感覚と似ていた。テレビでそういった特集がやっていると、必ずビデオに録画して何度も見た。最近ではそういった番組はめっきり少なくなってしまったが、反面、今はインターネットを使って、いくらでもそういった情報について調べることができるので、小百合の興味がつきることはなかった。

 しかし、その一方で、こういったことに興味関心を示す友達は、小百合の周囲では驚くほど少なかった。特に、女の子に至っては皆無と言ってもよく、もし、そんなことを口にしようものなら、眉をひそめて、まるで頭の可笑しい人でも見るような目で見られてしまうのが常だった。

 男の子であればまだ女の子程極端ではなかったものの、しかし、やはりその反応は決して小百合を満足させてくれるものではなかった。一応話は聞いてくれるものの、彼等がそれらのことに対して、ほとんど興味を持っていないのは明らかだった。

 だから、小百合の方でもいつの間にか、自分の本当の趣味は隠して生きることが当たり前になっていった。こんなことを言うと、変な目で見られてしまうから黙っていよう、と。そしてあたかも自分がみんなと同じことに興味関心を持っているふりをして、これまで生きて来た。どこかに、自分と同じようなことに夢中になってくれるひとはいないものだろうかと物足りなさを感じながら。

 そして、そんな生き方が、大学に入ってからは、一変することになった。もちろん、その絶対数は圧倒的に少なかったものの、しかし、小百合は大学に入ってから自分と同じ仲間を見つけることができたのである。入学式のあと、勧誘されて入ったサークルにおいて。そこにいるひとたちは、小百合と同じように、あるいはそれ以上に、世間一般のひとからしてみれば、胡散臭くて、バカバかしい思えることに夢中になっていた。それからというもの、小百合の毎日は明るく輝くようになった。大袈裟に言うと、小百合は生きがいのようなものを感じるようになっていた。

「あっ、UFO」

 油津駅に到着して、歩き出して少ししたあと、小百合の真横でさやが空を見上げて言った。

「うそ⁉」

 小百合はさやかの言葉を耳にして、慌ててさやかが見上げている空のあたりに視線を向けてみた。すると、驚いたことに、遠くの空に、何かUFOらしきものが浮かんでいるのが見えた。

「ほんとだ」

 小百合は空を見上げたまま、半ば呆然として言った。小百合にとってそれは生まれてはじめて目にするUFOだった。UFOはほんとうに実在していたんだ、と、小百合は信じられない気持ちで思った。

「うわっ。ほんとだ!」

 と、健一も空に浮かぶUFOの存在に気が付いたらしく、小百合の隣でどこか間の抜けた声で言った。

 距離があるのではっきりとしたことはわからなかったが、UFOらしきものは、小百合がイメージしているものとは違って、三角形をしていた。機体の色は黒色である。その三角形をしたUFOらしき物体は空を飛んでいるというよりも、漂っているという感じに近かった。三人がじっと空に目を凝らしていると、黒い三角形をした飛行物体はそのままゆっくりとした速度で、まるで風に流れさて行くような恰好で、山側の方に見えなくなった。

「うわー。僕、はじめてUFO見たよ!」

 UFOの姿が完全に視界から消えると、健一が小百合とさやかの顔を見て、感激している表情で言った。

「わたしもです!」

 と、健一のあとに、さやかが興奮して言った。

「いきなりUFO見れちゃったね」

 と、小百合はさっきまでUFOが飛んでいた空間にもう一度目を向けながら、まだ呆然と、がつんと頭を殴られたような気分で言った。

 

       3                   

 

 三人は駅から五分ほど歩いたところにあった、ABURATUCAFEというカフェで休憩を取ることした。そのカフェは寂れた商店街の入り口付近にあった。閑散としている商店街とは対照的に、そのカフェは今風の、アメリカの大手チェーン店を意識した作りになっていて、オシャレだった。こんなところに今風のカフェがあるのかと感心しながら三人は店内に入り、レジでそれぞれ商品を注文した。そしてそのあと広々とした店内にあるソファー席に腰を下ろした。程なくすると、注文したコーヒーとケーキが運ばれてきて、それを口にしながら、三人は先ほど目にしたものについてそれぞれの意見を交換し合った。

「さっきのUFOって、この前も目撃されたっていうやつなのかなぁ?」

 健一がケーキをフォークで掬いながら、考え込んでいる口調で言った。

「この前って、つまり、わたしたちが合宿の候補地を選んでるときに、宮崎でたびたび目撃されたUFOのこと?」

 小百合は健一の顔に視線を向けると、確認してみた。

 すると、健一はそうだというように首肯してみせた。

「でも、わたし、インターネットの動画で宮崎県のひとが撮影したっていうUFO見ましたけど、それはさっきのやつとは違う形をしてましたよ。葉巻型で、銀色のやつでした」

「……ということは、さっき僕たちが見たのは、それとはまたべつ系統のものっていうことなのかなぁ……」

 と、健一はさやかの言葉に、軽く首を傾げると、思案顔で呟くように言った。

「それにしても、どうしてここ最近、この宮崎県でUFOの目撃談とか、そういう不思議な現象みたいなものが続いてるんでしょうね?」

 さやかがコーヒーを一口啜ってから、不思議そうに口にした。

「もしかするとなんだけど……」

 小百合はコーヒーを飲んでから、躊躇いがちに口を開いた。小百合は他のふたりの視線が自分の顔に集まってきているのを感じた。

「この宮崎県の日南市という場所が、何かの特異点みたいな場所になってるっていうことは考えられないかしら?」

特異点?」

 健一が眉根を寄せて小百合の顔を見つめた。

 小百合は健一の顔を見つめ返すと、頷いて口を開いた。

「つまり、ちょっと実際とは違うと思うけど……この付近が一種のパワースポットみたいになってるんじゃないかって思うの」

 小百合の言葉に、健一とさやかのふたりは、小百合の説明の続きを待つように黙っていた。

 小百合は再びコーヒーを飲んでから、説明を続けた。

「わたしの考えによると、全国各地にあるパワースポットみたいな場所って、要するに、異世界異世界のつなぎ目になってるんじゃないかって思うのよ。みんなもパラレルワールドっていう考え方は知ってるでしょ?」

 小百合はそこで言葉を区切ると、確認するように健一とさやかの顔を見回した。

「知ってます」

 と、さやかが心持ち硬い声で返事を返した。

「つまり、多世界解釈ですよね? わたしたちは常に何かしらの選択をしながら生きている―――たとえば朝起きてコーヒーを飲むか、紅茶を飲むか―――そして実はこの選択のたびに次々に世界は分岐して増えていっているんじゃないかっていう―――コーヒーを飲むことにした自分がいる一方で、紅茶を飲むことにしたわたしもべつにいて―――このようにして世界は、選択の数だけ、ありとあらゆる可能性の数だけ、存在しているんじゃないかっていう考え方―――」

 小百合はさやかの発言に、その通りというように頷いてみせた。

「そして一説によると、この無数に存在している世界と世界を区切っているのは、振動数だと言われているの」

 小百合は言った。

「振動数?」

 健一がわけがわからないといったように、しかめ面に近い表情で小百合の顔を見つめた。

 小百合は健一の顔を見つめ返すと、口を開いて言った。

「実際とは違うんだけど、話をわかりやすくするために単純化すると、たとえば、AとBという二つの違う世界があったとすると、それぞれの世界はそれぞれの違う振動数を帯びているの。たとえば〇と△といった具合にね。そして両者の世界はこの振動数の違いによって、同じ空間に重なって存在しているにもかかわらず、交わることなく、分離独立して存在することが可能になっているんじゃないかって言われているのよ」

「……なるほど」

 健一は小百合の科白に腕組みすると、眉間に皺を寄せて難しい顔つきをして頷いた。

「そしてわたしの考えでは」

 と、小百合は更に言葉を継いで言った。

「もっと考えを飛躍させて、これらの無数の違う世界は膜みたいな感じで何層にわたって存在しているんじゃないかって思うの。上下左右に。で、これらの違う世界と世界の接地面が、いわゆるパワースポットなっているんじゃないかってわたしは思ってるの。世界と世界の境界線からエネルギーみたいなものが漏れ出しているんじゃないかって。そして更に言うと、この世界と世界の境界線みたいなものは時間―――時間というか、時期によって、ランダムに変わるんじゃないかしら? たとえば、ひとつひとつの世界は浮遊物みたいなもので、それは広大な空間、海のような場所を漂っていて、ときどきこれらの世界と世界が―――たとえとしての海面上みたいな場所で、衝突するようなことがあるんじゃないかしら? もちろん、このとき、世界と世界の、どの部分が、接触することになるのかはそのときによって異なることになる。それは右の角なのかもしれないし、左の角なのかもしれないわ。そして今回その場所が、たまたま宮崎県の日南市だった、っていうことは考えられないかしら?」

「それ、面白い考え方ですね!」

 小百合の発言に、さやかが興奮した様子でいくらか前のめりになって言った。

 一方で、健一は腕組みしたまま、必死に小百合の言ったことを理解しようと努めている様子だった。

「世界と世界の接地面?」

 健一は視線を天井の方へ向けて呟くような声で言った。

 小百合の目から見ると、健一の頭上には大きな? マークが浮かんでいるように見えた。

「健一、頭のなかにひとつの箱を思い浮かべてみて」

 と、小百合は健一の顔を見ると言った。

「そしてそのひとつの箱が、わたしたちが存在している世界なの。更に、その箱は広大な海のような場所を漂っているの。どう? イメージできた?」

 健一は小百合の問いかけに、小百合の顔を一瞥すると、おずおずといった感じで頷いてみせた。

 小百合は健一が頷くのを確認すると、言葉を続けた。

「そしてその海のような場所を漂っているのは、わたしたちの世界だけではないのよ。周りに、もっと複数の、数えきれないくらいの箱が、つまり世界が、漂っているの。更に言うと、わたしたちの世界が漂っている海、あるいは面とはべつにも、面、ないし、海が、上方向にも、下方向にも存在しているのよ。たとえば、紙の上に三本の線を並べて書いたみたいに。それでこの海というのは、常に不安定に揺れ動いているの。さっき言った、紙に書いた三本の線をイメージしてもらえればわかりやすいと思うんだけど、この三本の線は常に不安定に揺れ動いているの。わたしたちのいる、真ん中の線が持ち上がって上の線とぶつかったり、あるいは真逆に、下に下がって、下の線とぶつかることもある。この線がぶつかったとき、わたしたちの乗っている箱と、他の箱、つまり、世界と世界が接触することがあるんじゃないかしら? もちろん、このとき、箱と箱が接触する面はその度に異なることになる―――それが、さっきわたしが言っていた世界と世界の接地面の話。そしてその接地面が、今回たまたま宮崎県の日南市になったんじゃないかっていう考えなの。一応付け加えておくと、わたしたちが浮かんでいる線にも、箱は、つまりパラレルワールドは無数に存在しているから、わたしたちが存在している線上においても箱と箱の―――世界と世界の接触は常に起こっていると考えられるわ」

「……なんか、わかったような、わからないような……」

 健一は小百合の顔を見つめると、ぎこちなく口角を持ちあげて答えた。

「でも、もし、小百合さんの言っているように、そんなにたくさんの無数の世界が存在していて、それが常に衝突を繰り返しているような状態なら、どうしてわたしたちはそのことに気が付かないんでしょうね?」

 さやかが小百合の顔を見て、悩まし気に眉根を寄せて言った。

「……それはたぶん、普段はごく近い場所にある世界と世界の衝突しか起っていないからじゃないかしら?」

 小百合はさやかの顔を見ると、答えて言った。

「ごく近い場所にある世界と世界が衝突しても、両者の世界にはほとんど違いというものがないから、わたしたちはそのことに気が付くことができないのよ。たぶん。違いがはっきりと表れるのは、さっきも言ったように、わたしたちの世界が漂っている面の上方向、もしくは下方向の面にぶつかったときだけよ。恐らく。このときにだけ、常識では考えられないような不思議な現象が起こるんじゃないかしら? たとえばこの前高校生が神隠しにあったという話や、一時的なタイムトラベルとか、そういった例―――でも、もちろん、これは全部、ただのわたしの妄想みたいなものに過ぎないわけなんだけど」

 小百合はそこで言葉を句切ると、自分が語ったことを冗談に紛らわすように苦笑めいた微笑を口元に浮かべてみせた。

「なるほどおぉ」

 と、しかし、さやかは小百合の言ったことを完全に鵜呑みにしている様子で、腕組みしながら、やけに感心して頷いた。

「わたしたちの世界が存在している面が大きく振れたときにだけ、不可解な現象が起こるって言うわけですね」

「……まあ、さっきも言ったと思うけど、実際にそうだっていう証拠はどこにもないんだけどね」

 小百合は微苦笑して、さやかに向かって再度指摘した。

「とすると」

 と、さやかは小百合の言ったことは完全に聞き流して続けた。さやかはそれまで伏せていた眼差しを上げると、ハッとした表情で小百合の顔をじっと直視した。

 小百合はさやかの瞳のなかに宿る光がやけに真剣なものだったので、軽くたじろぐことになった。

「なに?」

 と、小百合はさやかの顔を見つめ返すと、軽く身構えながら訊ねた。

「ということは、もし、小百合さんの言ってる通りだとすれば、今、この日南市では大きな面の揺れが起こっているというわけですよね? 本来は衝突することのない、世界と世界の衝突が起こっている可能生がある、と」

「……まあ、そういうことになるのかな?」

 小百合はさやかのあまりの気迫に軽く気圧されながら頷いた。

「これはすごい! これはすごく興味深いことですよ! 小百合さん!」

 さやかは何かのスイッチが入ったように大きな声を出した。

「わたし、何か自分がすごいことを体験できるような気がしてきました!」

「……そ、そう?」

 小百合はさやかの異様なテンションの高さにいくらか面くらいながら頷いた。そして、さやかってこんな娘だったんだ、と、若干引き気味に小百合は思うことになった。

 

       4

 

 エシュナ・バルシアスは、半ば不時着させるような形で、乗っていたヴィマナを山林のなかに着陸させた。

 それから、エシュナは自分の居場所を周囲の重力波から測定しようと試みたが、それは上手くいかなかった。強引な時空間移動は計器類にも激しい損傷をもたらしたようで、まともに自分がいる場所を割り出すことができなかった。算出された計算によると、今、自分が居るのは未来の地球だということになったが、それはどう考えてもあり得ないことだった。もし、本当にここが、未来の地球であるのなら、どうしてさっき見た構造物は、あんなにも時代遅れだったのだろう? エシュナには理解できなかった。

 ―――どうすればいい? エシュナはコクピットのなかで頭を抱えた。

 エシュナには重要な任務があった。それは、火星で見たことを、危険を、地球の仲間に伝えることだった。その情報は、地球の未来を、仲間の未来を、大きく左右する。そのために、自分は無数の敵機の追跡を振り切って逃げてきたのだ―――その途中で、多くの仲間が犠牲になってしまった―――エシュナは死んでいった仲間の顔を、閉じた瞼の暗闇のなかに思い浮かべた。

 エシュナは泣き出しそうになったが、頭を振って、なんとか正気を保った。 仲間のためにも、なんとしても自分はもとの世界へ―――もとの世界の地球へ戻らなければならない、と、エシュナは心にグッと力を入れるようにして思った。そのためには、自分の乗ってきたヴィマナをどうにか再び使えるようにしなくては。

 エシュナはコクピットのハッチを開くと、ヴィマナの外へ出た。そして機体の周囲を歩いて回って、損傷の程度を調べてみた。

 すると、その結果は絶望的なものとなった。……これはもう駄目だ。エシュナは愕然とするように思った。

 機体の底部にある、ボーリングボール程の大きさの丸いクリスタルに亀裂が走っているのだ。これはヴィマナの動力源に当たるもので、宇宙にあるフリーエネルギーを推進力に変えることができる。特に、時空間移動には欠かすことができないものだった。だから、当然、これをなんとかしないことにはエシュナは元の世界へ戻ることはできない。

 しかし、これを個人の力で修理するのは到底不可能なことだった。これを修理するためには、ヴィマナの製造工場等へ持って行く必要がある。だが、無論、そんなことはできない―――他に方法として考えられるのは、どこかから真新しい、無傷のクリスタルを持ってくるということだったが、これもまず不可能だと思われた。

 ―――仲間に持ってきてもらうというのはどうだろうとエシュナは思いついて、すぐに失笑した。エシュナは思った。そもそもどうやって仲間と連絡を取り合うつもりなのだ、と。自分の居場所を測定することができない以上、仲間と連絡を取り合う術はない。またもし仮に測定することができたとしても、当然敵側から妨害波が出ているだろう―――そのために、自分はわざわざ火星から地球へと物理的に移動することを選択したのではなかったか? 妨害波のために、地球へ直接連絡を取ることができなかったために。それにそもそも、時間を超えて通信を行うことは、技術的にかなり困難だ。

 エシュナは自分の置かれている状況に軽い目眩のようなものを覚えて、近くの地面に腰を下ろした。

 風に吹かれて木々の葉がそよぐ音が聞こえる。それから、鳥の鳴く声。空は薄い水色をしている。腕についている大気の状態を測定できる装置で調べてみると、今、自分の周囲の環境は安全だということが確認できた。

 エシュナは自分の頭をすっぽりと覆っているバイザーを取り外した。その途端に、新鮮な空気が肺のなかに流れ込んできた。微かに、緑の匂いがする。顔を照らす日差しには勢いがあり、それは恐らく、夏のものだと思われた。自分の身に纏っている強化服は体温調節機能があるので暑さは感じなかったが、もしこれがなかったら、すぐに汗だくなっていただろうとエシュナは思った。極寒の世界よりかは遙かにマシだが……。

 エシュナは自分を取り巻く環境がひとまず安全だとわかって、先ほどまで自分の心を支配していた極端な絶望感がやわらいでいくのを感じた。しっかり頭で考えれば、何か解決策が見つかりそうな気もする。

 エシュナがヴィマナを着陸させたのは、見晴らしの良い、木々の切れ間のような場所で、そこからは町のような構造物を眼下に見下ろすことができた。

 眼下に広がる平野部に、さっきも目にした、木材を組み合わせた作られた居住空間と、その他にももっと大きな、石のような質感のあるものを組み合わせて作られた、背の高い建築物があるのがエシュナの目に確認できた。それらはエシュナの居た時代のそれに比べると、遙かに見劣りのするものではあったが、しかし、そこで上手くすれば、ヴィマナを修理するにあたって必要なものを調達することができるかもしれないとエシュナは考えた。

 ―――取り敢えず、あそこへ行ってみよう、と、エシュナは思った。エシュナは腰のベルトの左側面にあるボタンを押した。

 すると、エシュナの腰のベルト中央部にある、ピンポン球程の大きさの丸いクリスタルが青く輝き、その次の瞬間、エシュナの身体はふわりと宙に浮かびあがっていた。

 エシュナの腰のベルトに埋め込まれているのは、ヴィマナに搭載されているクリスタルの簡易版といったところで、重力制御による簡単な飛行を可能にした。前に進んだり、後ろに進んだり、止まったりといった操作は、エシュナが目に装着しているコクタクト型のコンピューターと連動して行われる。またエシュナの時代の人々は大半の人々が脳内にコンピューターを取り込んでいた。

 エシュナは宙に浮かび上がると、眼下に見える町を目指して滑空を開始した。エシュナの身体は鳥のように急斜面を降下していき、間もなく、町の入り口あたり到着した。

 エシュナはそこにどのような人々がいるのか判断できなかったので、ひとまず様子を見ることにした。

 エシュナが降り立ったのは、舗装された黒い道路だった。道路の隅の方には何か文字の書かれた看板のようなものがあり、そこには実は宮崎県日南市と書かれてあったのだが、エシュナにはもちろんそれを解読することはできなかった。エシュナに理解することができたのは、ただそれが文字らしき規則性を持ったものだということだけだった。

 ―――ここは明らかに異世界であるようだ、と、エシュナは感想を持った。文字も言葉も違っているらしい。脳内に埋め込まれているコンピューターを使っても判断することができないということは、全くの未知のものであるということなのだろう。

しかし、しばらくすれば脳内に埋め込まれたコンピューターが、この異国の文字や言葉を解析し、自分にも理解できるようにしてくれるだろうとエシュナは思った。

 エシュナは取り敢えずといった感じで、前方に向かって歩き出した。

 しばらく歩いた先に、比較的大きな、石とも違う、何かそれに似たものを組み合わせて作られたと思われる大きな建物が見えていた。エシュナはそこまで歩いていってみようと思った。

 すると、歩き始めてから間もなく、エシュナは背後から大きな楽器の音のようなものを浴びせかけられることになった。

 エシュナが軽く驚いて振り返ると、そこには鉄で出来た、原始的な乗り物があった。コックピットの部分は透明なガラスで覆われていて、そのなかにいる、平たい顔の女が憤怒の形相を浮かべていた。

 どうやら今自分が歩いているのは、鉄で出来た原始的な乗り物のために作られたものであるようだとエシュナはすぐに気がつくことになった。

 エシュナは口元にごめんなさいねといったような微笑を浮かべると、鉄でできた箱のような形状をした乗り物に対して道を譲った。

この続きはこちらから読むことができます。

 

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00V3MD8XK?notRedirectToSDP=1&ref_=dbs_mng_calw_0&storeType=ebooks